事務所だより

ヘイトスピーチとは何か

ヘイトスピーチとは何か

弊所の服部勇人弁護士は、2020年度愛知県弁護士会人権擁護委員会のヘイトスピーチ条例化PT委員を務めました。具体的には、愛知県内の地方自治体に差別を禁止したり、ヘイトスピーチを規制したりする条例案作りを通して人権擁護を図ることが目的と考えられます。最近は、ツイッターなどのインターネットやSNSでの人種差別が問題となっています。

そこで、条例案を示すことになるだろう前提として、ヘイトスピーチについての背景を簡単にまとめてみましょう。

1.人種差別撤廃条約4条(a)(b)

人種差別撤廃条約は、人種的優越・憎悪に基づく思想の流布・人種差別の扇動、人種差別団体への加入とその宣伝活動などの差別的行為を「法律」で処罰すべき義務を締約国に課しています。

日本もその例に漏れないというべきですが、日本政府は、条約の締結の際、「日本国憲法の下における集会、結社及び表現の自由その他の権利の保障と抵触しない限度において、これらの規定に基づく義務を履行する」との留保をつけています。しかし、人種差別撤廃条約を批准している多くの国は表現の自由を有する民主国家であり、日本においても、安易にヘイトスピーチが表現の権利の保障と抵触すると考えるべきではありません。

日本がこのような留保をつけるのは、憲法21条の表現の自由の重要性から、過度に広範な制約は認められず、憲法31条から、刑罰法規は具体的であり意味が明確でなければならないとする点にあるようです。しかし、人種差別撤廃条約4条の定める概念は、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広いものが含まれる可能性があります。

それらすべてにつき、現行法制を超える刑罰法規で規制することは、表現の自由その他憲法の規定する保障と抵触するおそれがあると日本政府は人種差別撤廃委員会に報告しています。

このように、我が国で、ヘイトスピーチに関する条例化を検討するにあたっては、過度に広範な制約にならず、刑罰法規が具体的であることが求められ、表現の自由その他憲法の規定する権利を規制しないことが求められることは留意される必要があります。

しかしながら、人種差別撤廃委員会は、「人種的優越・憎悪」に基づく思想の流布を禁止することは表現の自由と矛盾せず整合するものであるとして、1)人種差別の処罰化、2)裁判所その他の国家機関による効果的な保護と救済へのアクセスの確保―につき、人種差別を非合法化する特定の法律の制定を日本政府に勧告しています。(2001年3月20日)

2.人種差別撤廃条約4条(c)

他方、人種差別撤廃条約4条(c)については、「国・地方の公の当局・機関が人種差別を助長・扇動することを認めないこと」を定めている部分、自由権規約20条が「差別・敵意・暴力の扇動となる民族的・人種的・宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と定めている部分は、日本政府は留保をつけておらず、同条約の趣旨を踏まえた「差別禁止法(ヘイトスピーチ法)」の制定が望まれます。

いわゆるヘイトスピーチ街宣宣伝禁止等請求事件では、民族的出自を理由とする差別的憎悪表現は、私人間においても民法709条の不法行為として損害賠償や差止が認められています。(京都地判平成25年10月7日)

しかし、これらは、「人種差別撤廃条約自体」を適用したものではなく、損害の認定を加重させる要因としたものと考えられています。

3.ヘイトスピーチに対する刑事罰は許されること

人権条約適合的解釈をするのであれば、憲法21条、13条に照らし、民族的、人種的、宗教的憎悪のヘイトスピーチによって人間の尊厳が侵されない自由を保障する必要があります。

ゆえに、表現の自由の必要やむを得ない制約として、人間の尊厳を冒す民族的憎悪ヘイトスピーチへの刑事罰は許されます。

ただし、処罰が許容されるのは、集団に対する民族的憎悪ヘイトスピーチが、「侮辱」「誹謗中傷」により、人間の尊厳を害する表現、差し迫った危険を伴う扇動、違法な暴力行為を加える真の脅迫にあたる場合など、表現の自由に対する制約は許容される場合に限られると考えられます。

4.本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫を指す「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」について

「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」は、理念法といういわば「ソフトロー」であり処罰規定を欠いています。

これに対して、2019年に制定された「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」では、川崎市の区域内の道路、公園、広場その他の公共の場所において、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」が三度繰り返される場合には、50万円以下の罰金を定めています。

5.川崎市条例

川崎市条例では、「人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的志向、性自認、出身、障碍、その他の事由を理由とする不当な差別的取扱い」を禁止しています。

そして、1)居住地域からの過去の扇動、2)生命、身体、自由、名誉、財産への危害の扇動、3)人以外のものにたとえるなどの著しい侮辱といった「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に対して、審査会の意見を聴きながら、一度目は「勧告」、二度目は「命令」、三度目は命令違反者の氏名を公表し、処罰するというものになっている。

このように川崎市条例は、「表現の自由」に配慮した3段階の慎重な手続のもと、人間の尊厳を冒す民族的憎悪のヘイトスピーチに刑事罰を科すのであり、これは、憲法21条、13条の要請にも十分沿うものといえる。

川崎市条例のように、「刑事罰」がない場合であっても、「必要な行政措置」の根拠法令を制定することも重要なことといえる。人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身を理由とする差別の撤廃のための施策の推進に関する法律や条例の制定が待たれる。

さらに、多くの職場や大学でハラスメント防止の規則が整備されているわけであるが、セクシャルハラスメントと並んで、エスニックハラスメントを禁止する取組が必要である。(レイシャル・ハラスメント、セクシャル・アンド・ジェンダー・ベイスド・ハラスメントをいう。)

 

6.諸外国のヘイトスピーチ規制

6-1.ドイツ

ドイツでは、刑法130条1項が民衆扇動罪を以下のように定めている。

「公共の平穏を害しうる態様で、①国民的集団、②人種的集団、③民族的出身において特定される集団や、その構成員である個人に対して、憎悪をあおり、暴力的・恣意的な措置をとるよう扇動した者、または、そのような集団、個人を、そのような集団に属することを理由として、侮辱、誹謗・中傷することにより、他の者の人間の尊厳を害した者は3か月以上5年以下の自由刑に処す」

6-2.イギリス

イギリスでは、公共秩序法18条1項が「脅迫的・罵倒的・侮辱的言葉もしくは行為、またはそのような文書を示すことにより、人種的憎悪を扇動することを意図した者、またすべての状況を考慮して人種的憎悪の扇動の蓋然性がある場合を有罪」としている。

6-3.スウェーデン

刑法16章8条において、「頒布される言論・声明の中で、人種、皮膚の色、国民的・民族的出身、宗教または性的指向と結び付けて民族集団・その他の集団に対し威嚇・侮辱する者は、民族集団への迫害として2年以下の自由刑または罰金に処す。罪が重大な場合は、6か月以上4年以下の自由刑に処す」と定めている。

生前贈与が複数ある場合、贈与時が相続時に近い方(新しい贈与)から順番に遺留分侵害額請求の対象になります。たとえば相続開始時が2020年3月30日、1人への生前贈与が2020年1月1日、もう一人への生前贈与が2019年11月30日なら、まずは2020年1月1日に贈与を受けた人が遺留分の返還に対応します。

6-4.フランス

フランスでは、出版自由法で、「出生または特定の民族、国民、人種、宗教への帰属の有無」あるいは、「性別、性的指向、性自認、障碍」を理由とする個人・集団に対する差別、憎悪、暴力の扇動罪、および同様の個人・集団に対する名誉棄損罪には、1年の拘禁及び4万5000ユーロの罰金あるいは併科となる。(24条及び32条、また、同様の個人・集団に対する侮辱罪には、6か月の拘禁及び2万2500ユーロの罰金ないし併科である。)

6-5.カナダ

カナダでは、高校教師が、ホロコーストはユダヤ人が同情をひくための作り話であり、ユダヤ人の不誠実・残虐さを説く授業や試験を行い、彼の考え方に反する生徒の答案には低い評価を与えたことが問題になったことがある。

最高裁は、「私的会話以外の伝播可能な発言により、いずれかの識別可能な集団に対する故意による憎悪の助長」を禁止する刑法281条2項2号違反とした。

この規定は、表現の自由を定める人権憲章2条(b)に反していないとしている。

6-6.アメリカ

アメリカは表現の自由が広く保障されているため、ヘイトクライム規制はあるものの、ヘイトスピーチ規制はめずらしいといえる。

アメリカの最高裁は、人種・民族等の一定の観点からの表現内容を規制するヘイトスピーチ規制には消極的である。(R.A.V v. St.Paul,505 U.S.377(1992))

ただし、「ケンカ言葉」、すなわち、「発せられた言葉によって精神的障害を生じさせ、あるいは即時的な治安妨害を引き起こす傾向のある言葉」については、「表現の自由」の保証の埒外にあるとして処罰可能としたこともある。

また、黒人等に対する暴力の象徴としての十字架焼却などの違法な暴力行為を加える意図を特定の集団に伝える「真の脅迫」ならば処罰可能としている。(Virginia v. Black,538 U.S.343(2003))

加えて、暴力的な違法行為の唱導を「明白かつ現在の危険」の基準を用いて、「差し迫った」違法行為の「蓋然性」がある場合にだけ、処罰可能としている(Brandenburg v.Ohio,395 U.S.444(1969))

なお、一部の州では、集団的名誉棄損罪の規定を今でも持っている。(マサチューセッツ州一般法272章98c条など)

愛知県や名古屋市においても、ヘイトスピーチ及び差別を禁止して人種差別撤廃条約4条を体現する条例の制定が望ましいと考えられます。

                                           以上