相続・遺言

私は可能な限り財産を妻に残したいのですが保護されますか?

私は可能な限り財産を妻に残したいのですが保護されますか?

 

長年つれ添われた夫婦の一方がお亡くなりになられた場合、特に専業主婦であった妻のその後の生活にどのように配慮するのかが遺産分割の場面で問題となることが多くなりそうです。

「こどもとの話し合いができないので、遺言書もなく、遺言書があっても2分の1を分けざるを得ず自宅を売却してしまった!」

 

そんなようにならないようにするために、どうすればよいかわからなくなって混乱される方が少なくありません。

 

今回は配偶者保護のため、遺産分割において、一定の要件を満たす配偶者に対する生前贈与や遺贈が考慮されないという「持戻免除の意思表示」の対処方法を弁護士が解説します。

 

1.配偶者に対する「持戻免除の意思表示」とは?

そもそも配偶者に対する「持戻免除の意思表示」、そして、「持戻免除の意思表示の推定」とはどのような状態なのでしょうか?

 

遺産分割では、一般に、相続人に対する遺贈や贈与があった場合は、遺産の前渡しがあったとの法的評価を加えることにしています。そして、贈与などの対象財産は相続財産とみなしてしまい、相続人の総財産に組み戻すことにより、法定相続分を修正することになっています。

これを、「持戻し」といいます。「持戻免除」とは、総財産に組み戻すことをせず法定相続分に修正を加えないという贈与や遺贈を受けたものにとって有利な「意思表示」のことをいいます。

 

この点、亡くなられた配偶者が贈与などについて反対の意思表示をした場合、持戻免除の意思表示があったものとして、持戻しはせず、結果、贈与などを受けた人は保護されることになっています。

 

 ところが、実務上、「黙示」の「持戻免除の意思表示」があったか否かが、訴訟上争われることが多かったといえ、特に遺言がない場合や、遺言があっても、持戻免除の意思表示の文言を欠いている場合は問題となっていました。

 

2.配偶者に対する「持戻免除の意思表示の推定」となるケース

そこで改正された民法903条4項は、一定の場合に持戻免除の意思表示を推定することにしました。持戻免除の意思表示が推定されるのは、以下のような場合です。

  • 婚姻期間が20年以上の夫婦であること
  • その居住の用に供する建物またはその敷地を遺贈または贈与したとき(配偶者居住権の遺贈も含まれています(民法1028条3項)。

この場合は、亡くなられた方の贈与などについては持戻し免除の意思表示をしたものと推定することにしました。

このような贈与等は被相続人が配偶者に対して、生前の貢献に報いるためや、生活保障のためにおこなったものと考えられるので、「持戻し」をする意思がないのが通常と考えられるので、配偶者の生活保障を充実させる政策目的とも合致することになるからです。

3.具体例

財産として自宅(1000万円)と預貯金(200万円)がある者が婚姻期間20年間以上の配偶者に対して、自宅の持分2分の1(500万円相当)を生前贈与した場合、その後、その者が亡くなり、配偶者とこどもの間で遺産分割をする場合、どう対応すればよいのでしょうか?

 

3-1.持戻しの免除の推定が働かない場合

「推定」は、あくまで反証がない限りそのように扱うという意味にすぎないので、反証があり証拠の優越により推定が破られれば、持戻し免除の意思表示があるとされる可能性があります。まずは、その原則的処理のパターンを見てみましょう。

財産として自宅1000万円と預貯金200万円がある夫が、婚姻期間20年以上の妻に対して、自宅の持分の2分の1(500万円)を生前贈与した場合に、その後、その者が亡くなり、配偶者である妻とその子が遺産分割するとどう対応すれば良いのでしょうか。

遺産 自宅の持分の2分の1 500万円

預貯金        200万円

合計         700万円

「持戻し」される2分の1   500万円

総相続財産の合計      1200万円

このように、妻は、事前に500万円をもらっていたとしても、法定相続分を計算するにあたり、その分の500万円は持戻しの対象になってしまい、1200万円からこどもと遺産分割をすることになります。

そして、妻の相続分は600万円相当であるので、新たに100万円しか、遺産を相続することができないということになってしまうのです。

そうすると、この場合、妻としては生活保障のため、残りの持分の2分の1の取得を目指すことになりますが、100万円では、自宅の持分の2分の1の価額500万円のうち400万円も不足が生じてしまうことになります。これでは、妻は、自宅の売却を迫られるなど不条理な場面も生じ得ることになるのです。

3-2.民法903条4項による配偶者に対する贈与等の持戻免除の意思表示の推定がある場合

さて、民法903条4項の推定の適用がある場合をもう一度おさらいしましょう。

 

  • 婚姻期間が20年以上の夫婦であること
  • その居住の用に供する建物またはその敷地を遺贈または贈与したとき(配偶者居住権の遺贈も含まれています(民法1028条3項)。

配偶者に対する贈与等の持戻免除の意思表示の推定がある場合の例外的処理です。

 

財産として自宅1000万円と預貯金200万円がある夫が、婚姻期間20年以上の妻に対して、自宅の持分の2分の1(500万円)を生前贈与した場合に、その後、その者が亡くなり、配偶者である妻とその子が遺産分割するとどう対応すれば良いのでしょうか。

遺産 自宅の持分の2分の1 500万円

預貯金        200万円

合計         700万円

総相続財産の合計       700万円

どうでしょうか。改正前は、総相続財産は、1200万円であったのが、改正後の推定が働くことにより、総相続財産は、1200万円から700万円となります。

そうすると、妻は、500万円に加えて、さらに、350万円を得ることができます。つまり、改正法の推定を用いることにより、妻は、推定が働かない場合と比較して、250万円多く取得することができ、自宅の持分の2分の1を比較的簡単に取得しやすくなっていることが分かります。

それでも自宅を手に入れるのには、150万円足らないことになりますが、それは、自分の預貯金などで対応することになるか、「配偶者居住権」の利用を検討することになります。

配偶者居住権は、配偶者の居住権を長期に保護させるための方策をいい、令和2年4月1日から施行されています。

以上